音彩

~ 音の彩り ~

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責任の重み


これまで私の演奏への意識は、
聴いていただいたお客様に、
“少しでも喜んでいただけたら、
心が和んでいただけたら”ということを、
一番心においてきました。
そしてちょっと生意気な発想になると、
演奏家の役目:
“今は生きていない作曲家の作品を世に紹介すること”
このことも、これまで意識はしていました。
しかし、このことを深く考えると、本当に責任重大だなと、
深く思う出来事がありました。
もし、その曲をあまり知らない方は、その時聴いた演奏によって、
その曲の印象が瞬時に決まるのです。
「優しい曲」「美しい曲」「心が和む曲」
「冷たい曲」「無味乾燥」「退屈な曲」・・・etc
でも恐ろしいことに、演奏家によって、
同じ作品の印象が全く変わってしまうことも事実です。
同じ曲を聴いても、
「美しく、癒される、いつまでも聴いていたいな。
この作曲家は素晴らしい。」と感じる場合と、
「なんて退屈な曲なのだろう、早く終わらないかな。
つまらない音楽だな。」と感じる場合が出てくることも
決して珍しいことではありません。
しかし、ほとんどの曲は、奇跡なほどに素晴らしいと思います。
今、私たちが演奏する曲の作曲家は、
ほとんど現在はもう生きていません。
彼らが私の演奏を聴いたらなんと言うか、どう思うか。
作曲家は命がけで作曲し、その作品は作曲家自身なのだと考えた時、
もし彼らが生きていたら、果たして私の演奏を聴いて、
人前に出すことを許してくれるだろうか。
そう思うと、演奏家は人前で弾くまでに、
自分にできる最大の努力をし、
誠心誠意を込めて演奏しないといけないと、心から痛感しました。
“ここのパッセージが弾きにくい”とか、“今日は気分がのらない”とか、
自分の都合を言うなんて、素晴らしい作品を演奏させていただくのに、
なんて図々しい考えだったと反省しています。

| 2010,11,19, Friday12:02 PM/大島彩子 | その他 |
| comments (2) | trackback (0) |

コメント

| Lucky | EMAIL | URL | 2010/11/20 09:49 PM | 2H1zAi8. |

音彩さんは
真面目すぎますよ?

作者が創った芸術は
リアルタイムを経過すると
その後は自由を得て
弾く人、聴く人、
それぞれの想いを
反映させていくもの
ではないでしょうか♪
私は日頃、演奏を聴くときに、演奏者がどれだけその作品を愛しているのかを想像したり、同じ演奏者の弾く同じ作品が色々な経験を経て、どんなふうに変化しているかを感じたり、自由気ままに楽しませて頂いています(^-^)

力まず、考え過ぎず、ありのままを自由に表現する、今の音彩さんの演奏を聴かせてくださいね(^o^)/


| DION | EMAIL | URL | 2010/11/20 11:17 PM | 4m4Q6V3o |

音彩さんへ
♪ 非常に重たい表現ですね
 僕のような素人には、難しすぎますが~・・・
 真摯に曲に向かおうとされている姿には、
 深い敬意を表します。ピアノ音楽を愛され
 ていると~。

♪ 作品表現するには~
 作曲者がその曲を作った由来とかを知る必要が~、
 素人の僕も少し勉強しようかと思います。
 
♪ ちょっと視点を変えて~
 美術の世界だったら~特に、絵画だったら~
 作品そのままを表現したら~、どのように
 受け止められるのでしょうか。面白いですよね。

♪ ピアノ&音楽芸術~
 奥が深いな~と最近思う次第です。
 浅学の自分ですが、少しづつ勉強したいと
 思います。

 


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